自然体で乳がんと向き合う

乳がんを余命宣告を受けながらも、代替医療(食事療法、自然療法、無治療)で治療した方法をブログでお伝えしています。乳がん動画も配信しています。乳癌の悩みを持つ方々に、このブログがお役立てになれば嬉しいです。

食生活が悪かったから癌になった、と考えてる方へ<乳がんブログVol.315>

 

極端な思考をする癖のある方に

割合と多いのが

 

「癌になったのは食事のせいだ」

という言葉。

 

本当に?

 

乳癌になったのは

食生活が悪かったから?

 

私は全くそうは思わない。

 

ある意味

 

コンビニ食を頻繁に食べてても

タバコを吸ってても

元気な人なんて沢山いる。

 

それよりも

 

それを「悪」だとする

自分の中のジャッジが

その食品を「悪」だと断定してるだけで

 

食べられる事自体に感謝できれば

善悪のジャッジなんて生まれないけど

 

恵まれた環境で育っている現代人は

添加物を気にする余裕があるのがミソ。

 

 

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これは

 

だからって食べる物を気にしなくていい

という意味ではなく

 

選択の問題だから

 

添加物を悪とせずに

ただそれを「選ばない」という

選択をすればいいだけで

 

悪だと思う意識を

周囲に撒き散らしたり

自分に植えこむ必要はない

という事です。

 

私も散々

食事をジャッジしてきて

オーガニック以外は食べれなくなったり

健康優良児だと思ってたのに

実際に乳癌になったりした事から

 

今、本当に思う事は

 

例えば

 

添加物を「悪」だと設定すると

 

添加物が記載されてる食品をみて

それをまるでゴミのように扱ったり

 

添加物を使用している会社へ

悪意が芽生えたり

 

添加物によって土壌が汚されていると

常に不安になったり

 

添加物を食べてる人を見て

心配になったり

 

添加物を許してる国に対して

敵意を抱いたり

 

自分の心が「悪」に支配されてしまう。

 

それは食品だけに留まらず

もちろん

 

自分自身に対しても

他人に対しても

世間に対しても

自然に対しても同じように

 

ジャッジしてしまう。

 

特に

 

自分で自分を裁く癖のある人は、自分へのダメ出しが強いから、常に世間からの評価を気にしたり、自分の心よりも人の為に行動したりして、自分を犠牲にする事が当たり前になっている所か、美徳だと思ってる人もいる。

 

それは美徳でもなんでもなく

自己否定です。

 

その状態が長く続くと

内臓の活動に影響が現れ始める。

 

例えば

 

ただでさえ

「痛み」の神経が通っていない肝臓は

 

弱っていても「痛み」としてSOSを私達に送ることができないから、弱ったまま放置される。その上に、更に上記のような「自分に鞭打つ」感情に囲まれて、益々痛めつけられたまま放置される。

 

この状態で

自分の体の変化に気づくとか

自然に感謝するとか

 

かなり至難の技。

 

ある意味

頭のどこかで

 

「私なんてどうなっていい」

という思考があるから

 

自分自身への愛の欠如により

自分自身が放置される。

 

だから

 

体はもっとわかりやすい症状によって

その「痛み」のSOSを出してくる。

 

それが

乳癌だったりするのです。

(※あくまでも私自身の経験から基づいた、私の個人的な思考であり、他者への批判ではありません。)

 

だから

 

自分自身に厳しければ厳しい程

 

他人をジャッジしたくなる。

社会をジャッジしたくなる。

食品をジャッジしたくなる。

育った環境をジャッジしたくなる。

 

これそこが

 

立派な自己否定の育て方。

 

こんな考え方をしていたら

強くて頑丈で揺るぎない

「自己否定」が育っていく。

 

だから

 

食事に対する姿勢も

思考を受け止める謙虚さも

病に対する恐れも

健康に対する希望も

自然への感謝も

 

全部同じ。

 

つまり

 

今生きてられる根本には

「呼吸をしてるから」という

原点に意識を戻せたのなら

 

呼吸を大切にしようって思う。

 

すると

 

呼吸を受け入れる内臓を大切に

体温を大切に

筋肉を大切に

骨を大切に

 

ってそう思えてくる。

 

特に腎臓は

足の先の末端血液が逆流して昇ってきて、腎臓に届けられるから、血を逆流させる為の体の温度、筋肉、血管の強さが必要なのです。

 

腎臓を人口的に処置しようとすると

人工透析か

腎臓移植かしか

 

今はそれ以外に方法はなく

 

人工透析では、腎臓の働きのほんの一部しか代行することはできないし、合併症も起こる。また、1週間に3回(一回4時間)の治療を受けることで、QOLは低下する。

 

腎臓移植も、提供者が極至って少なく、移植を希望する人の望みは叶わないケースの方が遥かに多い。

 

腎臓を人口的に処置できない理由は、その構造が複雑で複雑で複雑極まりないから、今の医学やテクノロジーを駆使しても、その構造自体を人間が再現することは不可能だとされています。

 

特に私達が日常的に行う

「尿を排出する」

という機能は

 

体全身の血液を集めて

ろ過するという

離れ業の集大成だから

 

細胞1つが修正されればいい

という問題ではなく

 

腎臓丸ごと機能して初めて

「尿」が出ている。

 

そんな高性能な機能に支えられて

私達は生きている。

 

人間の頭脳で創造できない機能は

人間の頭脳で修正することはできない。

 

でも

 

無意識の領域で「生きろ」と設定されて

この世に生まれて

内臓が動き出したなら

 

無意識の領域で「生きたい」という信念が

内臓の働きを初期設定に戻す。

 

それには

 

ただ「生きたい」のではなく

 

「自分として」生きたい

 

という根本意識がないと

達成できないのです。

 

自分を置き去りにした

薄っぺらな上部のポジティブは

自分の体に対する体罰と同じだから

 

潜在意識にもともとある

「生きろ」の意識と合致しない。

 

そもそも生命の誕生とは

宇宙の誕生と等しく

未知で壮大だから

 

例え今は

そのパワーを信じられなくても

そのパワーを信じよう、という

意識改革が必要だと思うのです。

 

参考記事:肝臓+腎臓ケア=癌治療

 

======

 

だから

 

食生活が悪かったから

癌になった。

 

だから食生活さえ改善すれば

癌は治る。

 

ではなくて

 

体から「病」を抜くには

心から「善悪」というジャッジを抜く

 

という事と

全く同じだと思っている。

 

だってもし

 

世の中に食べ物が全てなくなって

スッカラカンになった時

 

目の前にコンビニ弁当が現れたら

それを「悪」だなんて言わずに

一口づつ噛み締めて

ありがたく頂くと思う。

 

その気持ちが

細胞に栄養を与える自然現象を

体の中に作り出す。

 

その気持ちを毎回感じる。

 

毎回、毎回

目の前の食事が、この世に残されたたった一皿だと感じられたなら毎日幸せに満ちている、という事かもしれない。

 

でも実際は豊かさに埋もれてる私達現代人にとって、その感覚を毎回感じる事は難しい。

 

それが恵まれてるって事で

それが添加物を気にする余裕です。

 

突き詰めると

 

体は何を食べても

栄養に変換できるパワーを持っている。

 

それを遮っているのは

善悪という名のジャッジです。

 

つまり

 

 

私達に与えられてる特権は

 

「選択」という名の

チャンスだから

 

「善悪」という上から目線の

食品の選び方ではなく

 

選択を与えられてる環境にいる

恵まれてる自分への感謝目線で

食品を選ぶ練習が必要なのかもしれない。

 

その上で

・16時間断食をしたり

・発酵食品を取り入れたり

・糖分を制限したり

・炭水化物を控えたり

・早寝早起きしたり

参考記事:ファイトケミカル

 

選択を積み重ねていく

という事が必要なのだと思うのです。

 

そもそも

 

食事とは命の源だから

まず感謝の心を感じることが

一番重要ではないかと

 

最近つくづく思うのです。

 

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次回の更新は、7月1日(日)午後6時になります。

  

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