自然体で乳がんと向き合う

乳がんを余命宣告を受けながらも、代替医療(食事療法、自然療法、無治療)で治療した方法をブログでお伝えしています。乳がん動画も配信しています。乳癌の悩みを持つ方々に、このブログがお役立てになれば嬉しいです。

心が折れそうな時 <乳がんブログ Vol.223>

 

このブログは、私自身が実践した乳がん治療において、読み進んだ数々の論文や医学資料が、とても難しく書かれており、理解するのに多くの時間を費やし、そして失敗を繰り返しました。その為、皆様がその労力と時間のロスを省けるように、出来るだけ分かりやすくお伝する事をモットーとしています。Mio

 

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乳がん治療は

自分が苦手な事を知って

克服していく方法より

 

自分が得意な事を知って

伸ばしていく方が

楽なんだと思う。

(前回の記事「アミグダリンと癌治療」より)

 

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私が自分の乳がん治療中に

 

心が折れそうになった時

 

腹膜播種(ふくまくはしゅ ※種が撒かれるように体内にバラバラと癌が広がり、臓器の壁を突き破って腹膜に広がる)タイプの癌(ステージ4)治療中の友人から言われた言葉が胸に沁みた。

 

それは

 

過去千年間の歴史上で、最も偉大な業績を残した100人として、日本人でただ一人選ばれている「葛飾北斎」という画家の話でした。

 

この波の画、ご存知の方も多いはず。

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葛飾北斎は、18世紀ー19世紀に活躍した日本を代表する画家ですが、1800年当時に描かれたこの「大波」の画。

 

当時は、当然の事ながらストップモーションなどなかった時代で、誰一人として「大波の形」を知らなかった。そんな時代に北斎は、半端ない洞察力と実力でこの画を描いた。

 

当時の人々は「波がこんな形をしてる訳がない」と嘲笑いました。

 

が、その後

 

時代の流れと共に一瞬の動きを1/5000秒でとらえられるハイスピードカメラによって「大波」の姿が克明に撮られた時、あまりに北斎の「大波」が繊細に描かれて、本物の波と酷似している事が証明され、その名を更に世界中に知らしめた。

 

特に波の先端のフック(碇)のような形は、肉眼で捉えることは不可能だとされている領域なのに、どうやって200年以上前の北斎が、これを描いたのか? 

 

謎ですが、それがこの画の凄さでもあります。

 

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 (画像はお借りしています)

 

そんな北斎は、6歳から画を描き始め、73歳にしてようやく動植物の骨格を表現できるようになったと言っています。自身では「70歳前に描いた画は取るに足らない」と言う。

 

つまり

 

極めてる人は

自分がまだ極まってないと

知っている。

 

才能や悟りに限界はないから。

 

そして

 

北斎が87歳頃に描いたとされる天井画は、なんと畳21枚分。(長野県岩松院の天井)1年かけて描かれたこの大作は、見る人の目を釘付けにする迫力。

 

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80歳で天井画。

畳21枚分。

 

「自分の成長は80歳から」と

常に自分を追求して生きる姿が格好良すぎる。

 

そして

 

そんな話を教えてくれた彼女も格好良すぎる。

 

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腹膜播種になった彼女は

 

2年前の診断当時、彼女の体内には10センチ以上の癌腫瘍がゴロゴロしていた。お腹を触らせてもらうとボコッボコッと至る所が膨らんでいるのがわかった。

 

治療方法の選択にしても、癌腫瘍の数が多すぎるのと、体内に散らばり過ぎているのとが理由で、手術や放射線治療もできず、手がつけられない状態のまま、抗癌剤を投与していた。

 

でも

 

最近では過去5ヶ月

抗がん剤の投与はしていないのに

 

10センチあった腫瘍は、一番大きなサイズで3センチ程度まで縮小し、腫瘍マーカーは安定している。そして近々、手術や放射線治療が受けられる段階にまで、腫瘍箇所が特定できる状態にあるという。

 

実践している事は

 

①アミグダリン(B17)の摂取

アミグダリンについては、前回の記事「アミグダリンと癌治療」にも掲載した通りですので、詳しくはそちらをご覧下さい。

 

②とにかく温める

具体的な方法は

24時間とことん温める

・カイロを常にお腹と太ももに貼る

・汗がダラダラ流れるまで熱いお風呂に浸かる(水分補給を忘れずに ※状態によっては入浴は体力を著しく消耗するので、ご自分でご判断ください。)

 

温める事で

周囲の筋肉や細胞が緩み

痛みが緩和され

免疫力の消費が減ります。

 

また38度以上の熱に弱く、42度を超えると死滅すると言われる癌細胞にとって、熱いお風呂で体を熱するというのは、とても治療効果があるのです。

 

またHSPと呼ばれる「温める事で発生される特殊なタンパク質」が、腫瘍の治癒に効果を発揮します。

 

HSPについてはこちらをご覧ください。

過去記事:HSP(ヒート・ショック・プロテイン)について

 

そして

 

③「生きる」と言う事を、他人任せにしない

2年前、ステージ4で余命宣告までされた彼女は、もちろん今も元気に、1世紀以上前に作られた着物をリメイクして、洋服やスカーフへとデザイン&作成するデザイナーとしてご活躍中です。

 

※過去記事でもご紹介しています。

「Life Force Energy 生命力」

 

葛飾北斎も

彼女も

共通しているのは

年齢や環境や体調に関わらず

 

とにかく

「自分を生きる事」を決して諦めずに

自分の時間を

自分という生身を使って生きている。

 

常に「自分らしく生きる」

という設定力が半端なく強い。

 

私は、癌に生活を支配されず

「今日も二日酔い〜」という彼女が

たまらなく大好きだ。

 

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私は自分の乳がんを「自分の努力」で乗り越えて、今日に至ってる部分もあるけれど、実際はそれだけじゃない。

 

こういった友人の存在や

寝ずに論文を読み漁ってくれた夫の存在や

可愛い笑顔を見せてくれる子供の存在や

何気にそばにいてくれる友人たちの存在

 

とか

 

綺麗な青空に上を向く時間とか

また桜を見たいという感情とか

暖かな太陽の日差しとか

忘れられない景色とか。

 

そういったものに支えられている。

 

とにかく自分って

自分だけで成り立ってなくて

 

実際は一人だとしても

絶対に一人じゃない。

 

葛飾北斎は

 

この世には「自分」しか歩けない道がある。

その道を歩くのが「人生だ」

 

と残しています。

 

腹膜播種の友人は、それを身をもって見せてくれている。

  

確かに癌なんて

「理不尽の極み」です。

なんで私が?って思うけど

 

その理不尽を乗り越える方法は

 

自分の人生の中に「癌」という症状を受けたのなら、それをシッカリ受け止めて、人生を全うする手段を、自分自身で見つけていく事しかないよ。

 

治療方法は手渡される訳じゃない。

自分で取りに行かないといけない。

 

そこで私が取りに行って見つけた

具体的な方法とは

 

「免疫力を上げる事」だった。

 

癌治療に方程式はないから

 

泣きながらでも

行動して

癌腫瘍を消してしまおう。

 

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次回の更新は12月28日(木)20時になります。

 

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