自然体で乳がんと向き合う

乳がんを余命宣告を受けながらも、代替医療(食事療法、自然療法、無治療)で治療した方法をブログでお伝えしています。乳がん動画も配信しています。乳癌の悩みを持つ方々に、このブログがお役立てになれば嬉しいです。

「死」を意識したら見えた感情 <乳がんブログ Vol.198>

2015年10月に乳癌(ステージ3)が発覚した日を境に、「自分でどうにか治すしかない」と決めて取り組んだ「自己流、乳がん治療」ですが、右往左往しながらも、どうにか半年で腫瘍を5㎝以上も縮める事が出来た経緯を、このブログでは詳しくお伝えしています。 

============

前回の記事には、余命を信じてたら、私はもう死んでるしという記事を書きました。また、文章中のオレンジ色の下線部分は全てリンクです。必要な方はご覧ください。

============

<お知らせ>

多くの方から私の「一日のルーティンを教えて欲しい」「食生活を細かく知りたい」「発酵食品の作り方を教えて欲しい」「食生活以外に出来る事は?」など、ご質問を多数頂いています。これらは全て、過去記事を検索して頂けるとわかると思いますが、記事数も多いので、毎回探し出すのも大変だと思います。

なので現在、こういった質問にお答えする為の動画を作成しています。出来上がり次第ブログにてお知らせしますので、もうしばらくお待ちください。

 

============

 

先日の「余命を信じてたら、私はもう死んでるし」という記事から引き続き、私が意識した「死」について。

 

私は2年前、余命宣告をされた時、死について深く考えた。初めて直面した「死」という現実について、深く感じる日々を送りました。

 

もし「自分が、死ぬとしたら」

 

私にとって一番辛い事は

 

「愛する人が泣くこと」だと思っていた。

 

私の愛する夫と子供達が「悲しむ姿」の方が、私が自分自身の人生を終えることより辛いと思ってた。 そして、その彼らの悲しみを「自分が創る」のだという現実が、深く深く悲しかった。

 

自分が死んで

愛する人が悲しむ。

 

だから死ぬのが申し訳ないとすら思っていた。

 

でも

 

ここでふと思ったんだ。

 

なんで、私自身が死ぬという事に対して「他人の悲しみにフォーカスしてる」んだろう?自分が自分として生きれなくなる悔しさや、やり残した無念さより、「愛する人を悲しませたくない」という思いが遥かに強い。それは何となく言葉が綺麗で、一見愛に溢れた女神っぽいけど、根底に感じるのは「もの凄い違和感」だった。

 

なんか違う。

 

「悲しみの理由」を「他人」に当てる事で、私は人生から逃げている。

 

私が心底感じる「愛する人を悲しませたくない」はもちろん本心だけど、同時に「自分だけに死をフォーカスした場合、それ程悲しみの実感が湧かない」のも本心だった。

 

でも、これっておかしい。

自分の人生諦めてる感が、猛烈にする。

 

そこで気づいた。

 

あ、私は山にすら登っていないんだ。

 

だから

頂上を目指す心の高鳴りも

途中で諦めたくない無念な思いも

通過する景色を楽しむ感動も

歯をくいしばる強さも

 

まだ感じてない?

 

うわっ、っつか私、死んでる場合じゃない。

 

今までも、なんとなく幸せだけど、その幸せは例えるなら、山のふもとにゴザを広げて、お茶を飲みながら頂上を見上げる。

 

「綺麗だねー(笑顔)」

で終わってる自分を見た。

 

毎日ピクニック。

登山ではない。

 

でも、山の景色を作り上げている「綺麗な素材」を見たかったら、実際にその山に登って

透き通る葉っぱの芯とか

太陽を浴びてる雑草とか

たたずむ石とか

足を動かして登らない限り、見る事はできないリアルな輝きが、そこにはあるはず。

 

その時

 

「あ、登ろう」って思った。

 

「私の人生」という山に登って、山頂から自分が今居る場所を見下ろしてみたいって思った。

 

f:id:kenkohuntermio:20171104155507j:plain

 

 

それが私にとっての「登山=乳がん克服」という思い。「登る」と決めて登る。登り方はゴンドラでも、徒歩でもいいけどさ。私は徒歩を選んだ。

 

乳がん治療も同じ。

極論は、治ればいいのだ。

方法は何であろうが、自分が「治す」と決めて進めばいい。

 

もう自分の為に生きると決めた。

結局人は必ず死ぬのなら

死ぬ間際にアタフタせずに、

不満足のオーラを微塵も発せず死ぬ為に

今、がむしゃらに生きてやる。

 

そう思ったら、何かが変わった。

 

今まで強く抱えてた、「自分が死んだら、あなた(愛する人)を悲しませる事が、一番悲しい」という思いが、ドロドロした気持ち悪い感情だと感じて、そんな怨念みたいな感情を相手にブチまけて死ぬ自分じゃなくて、スパッと潔く「んじゃ、あばよーっ」って言い残して死にたい。

 

私が笑って死ねたなら、

残された家族も笑って生きるだろう。

 

 

それには

 

ただ、1ミリでも「生きる道」が残されてるのなら

 

それを徹底的に光らす。

 

その1ミリに焦点を当てる。

 

そして、生き切る。

 

 

その「光」が私にとっては「免疫力」だったというだけの話です。

 

だから

 

「免疫力」を上げることに一直線に進みまくった。

 

結果

 

6ヶ月で5センチ以上も腫瘍を縮小させることができたことが、まず「1番最初の登山」だった。

 

その後

 

乳房温存手術により腫瘍を取り除き、西洋医学(抗癌剤)に頼らず自分で乗り越えると決めたその時からが、乳癌治療の「本番」だと腹をくくったのが「2度目の登山」。

 

それは

 

術後の回復

免疫力の再構築

内臓の機能を上げる

内臓脂肪を落とす

酵素を取り入れる

体内をアルカリ性にする

血の質を上げる

 

そんな事を考える日々を、かれこれ2年。

 

 

 

そして現在「3度目の登山」

 

それは

固定観念の解放

現実の受け入れ

食べ物からだけではなく、思考から免疫力を高めること

 

そんな事を常々思ってる。

 

 

そうやって日々、楽しむ。

辛いことも

落ち込むことも

悲しいことも

いっぱいあるけど、

その経過を受け入れる。

 

登山途中に「この花は紫色だから嫌。ピンクがいい。」などのジャッジをしないのと同じ様に、自分の感情にも「幸せ=良い、悲しみ=ダメ」のジャッジを手放して、目に映る全てを、一切の分け隔てなく「自分へのメッセージ」として受け入れる体制を整える。

 

これがまた、深くて楽しい。

 

愛の引き継ぎって、結局はエネルギー的なものなんだね。って最近思う。

 

そうそう、最近教えて頂いて初めて知った「中村天風さん」の名言。

 

やれ、運命がつまらないの、

人生がつまらないのって人は、

その考え方がつまらない

 

最高だ。

天風さん、かっこよすぎです。(Sさん、ありがとー!)

 

●元気な腸育!私が毎日摂取してる必須アイテムこちらからご覧いただけます。

●乳がん治療に必要な8つの事についてはこちらをご覧ください。

●その他、乳がんの情報と説明については、こちらをご覧ください。

 

このブログでは特に「乳癌の治療法」について焦点を当てて書いていますが、実は療法以外の心の事、気持ちの持ち方、思考の変え方などが、その療法を選ぶにあたって大事なのです。直接の治療法だけではなく、それに達するまでの考え方などをメルマガにて配信しています。興味のある方、更に乳がんについて詳しく知りたい方はご登録ください。 

●メルマガ登録はこちらから
乳がんと健康法メールマガジンご登録

 

次回は11月6日(月)20時更新です。

 ↓それぞれ1日1回押して頂けるとランキングに反映され、乳がんへの理解を深める事に役立ちます。ご協力お願いします♡

にほんブログ村 病気ブログ 乳がんへ